宮崎グループを出た弥生がビルの下に到着すると、すぐに弘次から電話がかかってきた。「今日はどうして会社に来たの?」その言葉を聞いて、弥生は一瞬立ち止まり、「どうして知ってるの?」と言いかけたが、すぐに思い当たる節があり、駐車場の方を見た。すると、案の定、見覚えのある車が停まっていた。「どうして来たの?」「偶然だよ」電話の向こうで弘次が軽く笑った。「この前の取引の最後の確認に来たんだ」その話を聞いて、弥生は何の疑いも抱かなかった。実際、弘次がそのことを言わなくても、彼を疑う理由はなかった。なぜなら、最近、彼女は会社に来ていないため、弘次がここで待ち伏せしているはずもないからだ。毎日来て、待ち伏せしているなんてこともあり得ないし。せっかく会ったから、弥生は彼のところへ行こうと思った。しかし、歩き出したところで、弘次が「動かなくていいよ。運転手に車をそちらに回してもらうから」と言った。「そんな必要ないわ。すぐそこだし、自分で歩いていくから」ところが、弘次はこう言った。「君は離婚したいんだろ?」その言葉に、弥生は足を止めた。「それが何か関係あるの?」「もちろんさ」弥生は彼の言葉から、弘次が何を企んでいるのか理解できず、彼が車を回すことと自分の離婚に何の関係があるのかも分からなかった。考えているうちに、車は彼女の方向へ向かって動き出した。弥生は仕方なく車が来るのを待つために、道端に立った。待っている間、彼女は会社の玄関を通る人々を目にし、彼女にとって見慣れた人々が次々と目を向け、挨拶を交わしてきた。「霧島さん」と声をかけてくる者もいた。その出来事のおかげで、弥生はようやく、なぜ弘次が「車を回すことと離婚が関係がある」と言ったのかを理解した。車が彼女の前に停まった時、弥生はその場から動かず立っていた。予想通り、車の窓は降りてこなかったが、弘次が自ら車のドアを開け、彼女を車に招いた。「さあ、乗って」彼は微笑みながら言った。「せっかく偶然会ったんだから、一緒にランチでもどう?」自分の秘密が弘次に知られて以来、弥生と彼との距離が無意識のうちに縮まった気がしていた。案の定、多くの人が足を止めて、好奇心に駆られた様子でこちらを見ていた。弥生は彼らの視線を感じながら、車に乗った後の会社の噂話が
弘次は彼女の反応を聞いて、つい軽く笑ってしまった。「君は本当に遠慮しないんだな」「そうよ、今はいっぱい食べたいから、もし後悔するなら今のうちよ」弘次は少し考えてから、「ご馳走するよ」と答えた。実際、彼は「一緒にいたいからさ」と言いたかったのだが、今そんなことを言ったら彼女を怖がらせてしまうだろうと思い、控えることにした。少しずつ距離を縮めていかなければならない。レストランに向かう途中、弘次は彼女と瑛介の関係について尋ねた。瑛介が今、彼女を避けて離婚を望まないことを知ると、弘次はメガネの奥の目を一瞬驚かせたが、すぐに平静を取り戻し、口元に微笑を浮かべた。瑛介の行動は、自分の予想を大きく裏切るものだった。彼は弥生に一瞥を送りながら、軽く尋ねた。「それで、今はどう思ってるんだ?」「何が?」「もし彼が離婚を拒否したら、君はまだ社長夫人でいるつもりか?」社長夫人でいるつもりか?もちろん、そんなつもりはない。弥生は心の中でそう答えた。彼女は決してそんなに愚かではない。瑛介が今、何を考えて突然離婚を望まなくなったかは分からないが、奈々が彼の命の恩人である限り、彼女と完全に切れることはないだろう。彼の心の中に二人いるなんてあり得ない。それに、瑛介はすでに自分と離婚することを決意していた。それは、彼にとって自分が最初の選択肢ではなかったことを示している。ただし、彼女はこれらの考えを弘次の前で口にすることはなく、ただ軽く微笑んで返答しなかった。弘次は彼女がこれ以上何も言わないことを察すると、再び微笑んだ。「ところで、君は僕が君を会社から連れて出たことを、瑛介がどれくらいで知ると思う?」弥生は立ち止まり、瑛介が今彼女を避けているなら、知ったところでどうなるのだろうかと考えた。「ねえ、賭けをしてみないか?」弘次は楽しそうに提案した。「どんな賭け?」「瑛介が君が僕の車に乗ったことを知ったら、君に会いに来るかどうかのを賭けるんだ」弥生は驚いて一瞬固まった後、「弘次、あなたがこんな子供っぽいことをするなんて思わなかったわ」と笑った。弘次は笑いながら言った。「君は気にならないか?この前、彼は僕と君が一緒にいるのをとても気にしていたようだったけど」それを聞いて、弥生は心の中でつぶやいた。「くだらない男のプライド」しかし、
「それはありえないわ」彼が急いで来る確率はかなり低いと彼女は思っていた。「どうやら意見の食い違いがあるようだな。じゃあ、そうしよう。もし彼が来たら、僕は君を手伝うよ」話がここまで進んだ以上、弥生はそれ以上言うこともなく、ただ尋ねた。「どうやって手伝うつもり?」弘次は微笑んだまま、答えなかった。何を企んでいるのだろうか。彼らが向かうレストランはかなり遠く、到着するのに約30分もかかった。車を降りるとき、弘次は再び彼女のために車のドアを開けた。「もういいよ、自分でできるから」「演じるなら徹底的にやって」結局、彼女は弘次に従って車を降り、一緒にレストランに入った。事前に弘次のアシスタントが席を予約しており、場所は2階の窓際のプライベートエリアだった。席に着いて注文を済ませるまで、約8分かかった。弥生は心の中で、弘次が言ったことが気になり、どうしても落ち着かなかった。何度も後ろを振り返りたくなったが、その度に自制心で抑えた。振り返ってはならない。もしそんな行動を瑛介が見たら、彼女が彼を待っていると思われるかもしれない。彼女の目的は最初から離婚だった。今朝、すでにその決意を固めていた。だから、何も迷うことはない。「緊張してるのか?」と突然、弘次が尋ねた。「いええ」「いええって?」「......」その時、向かい側に座る弘次の視線が突然彼女の後ろの方に向けられ、彼は唇をわずかに上げて言った。「君の負けだな」その一言で、弥生の心は一瞬凍りついた。「賭けを履行するよ」次の瞬間、弘次は彼女に近づき、弥生が反応する間もなく彼女を抱きしめた。清タバコの香りが彼女を包み込み、弥生は弘次が何をしたのかを理解した途端、体が硬直し、反射的に彼を押しのけようとした。「動くな」耳元で弘次の低い声が響いた。「今、瑛介が外にいる」その言葉に、弥生の体はさらに硬直した。「今こそが、彼から解放される最良の機会だ」そう言いながら、弘次は彼女をさらに強く抱きしめ、二人の距離がさらに近づいた。弥生は反射的に手を自分の胸の前に置き、体全体が抗っていることを示した。しかし、弘次はその様子にも動じることはなかった。彼の言う通り、彼はただ彼女を助けようとしているだけで、他の意図はなかった。「瑛介はプライドが高い男だ。
そう考えると、弥生はもう抵抗しなくなり、全身の力を抜いた。まるで運命を受け入れたかのように。弘次も彼女の従順さを感じ取った。いや、従順というよりは、彼女はまるで大海の中で長い間波に翻弄され続けてきた漂流木のように、風雨にさらされた彼女は、もうこれ以上逆らうことを望まず、ただ流れに身を任せているようだった。そんな彼女を見つめる弘次の心には、無力感と同時に深い哀れみの感情が湧き上がった。漂流木であっても、優しく拾い上げて大切に扱う必要がある。気づかぬうちに、弘次は彼女を抱きしめる手を、優しく、しかししっかりと締めた。その後、彼はまっすぐ外を見上げ、険しい顔をしてテーブルを駆け抜けてくる瑛介を見つめながら、薄く微笑んだ。その微笑みには、どこか勝利を感じさせるものがあった。長い付き合いの中で、弘次が瑛介にこんな表情と微笑みを見せたのは初めてだった。ドン!瑛介が大股でやってきて、一撃で弘次の顎を叩き、弥生を後ろに引っ張った。だが、その一撃だけでは、彼の怒りを全て発散させることはできなかった。彼は弥生を自分の背後に引き寄せた後、再び弘次の襟首を掴み、もう一度拳を振り上げた。額には青筋が立ち、目は血走り、怒りで燃えるように弘次を睨みつけていた。弘次の唇の端からは血がにじみ、眼鏡も吹き飛んでしまい、鋭く冷たいその細長い目で、怒りに満ちた瑛介の目を冷静に見つめ返していた。やっぱり、彼は怒りっぽいな。前回病院では抑えていたのに、今回ばかりは全く自制できなかったようだ。「どうしてだ?」瑛介の声は歯を食いしばるような響きで、目には溢れんばかりの怒りが宿っていた。しかし、弘次の目には淡い笑みが浮かび、さらには、どこか挑発的な色も見えた。「俺が彼女をどう思っているかなんて、お前は前から知っていただろう?」「だが、まさかお前がこんなに卑劣だとは思わなかった」弘次は笑い、血のにじんだ笑みを浮かべた。「卑劣だろうがなんだろうが、彼女を手に入れらればそれでいい」そう言うと、瑛介はその言葉に激怒し、再び彼に拳を振り上げた。「やめて」弥生はようやく状況を理解し、瑛介の手を掴んで彼を止めようとした。彼女は全力で引っ張ったが、男女の力の差はあまりにも大きく、瑛介はびくともしなかった。彼女は唇から血を滲ませて
瑛介は危険そうに目を細めた。「彼女が私についてくるかどうか、お前に決める権利があったか?」「確かに」弘次は怒らず笑い、目を弥生に向けた。「じゃあ、もちこが直接君に言ったらどう?」もちこ。これは弥生の幼い頃の渾名だ。瑛介は弥生を鋭い視線で見つめている。彼女が最後に選んだのは弘次だったのか?だから彼にそう呼んでいいと承諾したのだろうか?弥生は胸が詰まった。弘次が自分を助けてくれていると分かっている。自分で言い出すことで瑛介から解放され、そして瑛介とうまく離婚できるようにするためだ。彼女は瑛介を見つめ、すぼめた唇を緩めた。確かにこの機会を逃すわけにはいかない。そう考えると、弥生は唇を動かそうとした。しかし、瑛介は歯を食いしばって彼女を睨み、「弥生、何を言うべきかよく考えろ」と言った。彼に遮られたせいで、弥生は迷い始めた。弘次は眉を上げて、依然としてリラックスした調子で言った。「瑛介、忘れたのか、お前たちはただの偽装結婚なんだ。今のは弥生を脅かしているんじゃないか?」そう言って、弘次は淡々と笑って弥生に向けた。「もちこ」弥生は彼が自分の名前を呼ぶのは、彼女に早く決めろと急かしているのだとわかっていた。この機会を逃すと、次はいつになるか分からない。しかし弥生は目の前の瑛介を見ていると、どうしても言い出せなかった。口先まで出かかった言葉をのみ込んでしまった。結局、瑛介が彼女の手を握り、「帰ろう。今日のことは、気にしないから」と冷たい声で言った。弥生は瑛介に引っ張られて歩いたが、もう一方の手首が急に引っ張られた。弘次も突然彼女の手首を掴んだのだ。今の弘次はメガネをかけていない時よりも、穏やかさは欠けていた。弥生は初めて、弘次の鋭い目を見た。瑛介はそれを見て、目を細めて冷たい声で「手を放せ!」と睨んだ。最近、瑛介はずっと弥生に離婚を急がされているのに加えて、弘次が彼女を抱きしめるのを目撃してしまった。その時の彼女は弘次を押しのけることなくむしろ受け入れ、さらには弘次に幼い頃の名前、「もちこ」と呼ばせることを許していた。そのため、今の瑛介は刺激されすぎており、もう以前のように冷静で自分をコントロールできなくなっていた。弘次が手を放さないのを見て、瑛介は眉をひそめて歩み寄り、その手を
ただ自分が瑛介と離婚するだけで、弘次が何度も殴られる必要はない。先ほどの二回のパンチは、彼に対してもう十分申し訳ないように思った。その時、瑛介は弘次の顔を見て、彼の手首に目を留めた。「最後に一度言っておく、放せ」弥生はそれを聞いてすぐに弘次に言った「今度は自分で解決するから」それを聞いて、弘次は静かに彼女をじっと見てから、再び笑顔を見せた。「わかった、待ってる」そう言って、弘次は手を放した。手を放した途端、瑛介はすぐに彼女を連れ去った。二人が去った後、弘次のアシスタントが入ってきて、ハンカチを取り出して弘次に渡した。「黒田さん、大丈夫ですか?」弘次はハンカチを取り、無表情で自分の唇の角を拭いた。視線は冷たく凶暴だった。瑛介に打たれた所は、明らかに怪我をしていた。しかし、彼は痛みを感じていないかのように強く拭いた。まるで痛みを感じない死体のようだ。アシスタントはそんな彼の様子を見て、目つきが変わった。また来たか。黒田さんのこの様子....... 決して話すことは許されず、ただ静かにそばで見守るしかない。しばらくして、弘次はハンカチをゴミ箱に投げ捨て、「準備できているか」と尋ねた。アシスタントは頷き、「黒田さん、心配しないでください。全て整いました」-瑛介に連れていかれた後のことは、風のように速く過ぎ去っていった。弥生は反応もできないうちに、瑛介に車に乗せられた。家へ帰る車のスピードは非常に速かった。家に着いたが、彼女はまだ落ち着けなかった。しかし瑛介は彼女に平静を取り戻す時間を与えることなく、彼女の手を握ってベッドに連れて行った。、弥生は抵抗したが、瑛介はその手首を壁に押し付け、歯を食いしばりながら彼女を見つめていた。「俺と離婚した後、弘次と一緒にいたいと思ってる?そんな考えやめたほうがいい」そう言って、彼の熱い息が弥生の顔に覆いかぶさった。彼の唇が彼女に近づく直前に、弥生はすぐにソッポ向き、瑛介の柔らかくて冷たい唇は彼女の顔に押し付けた。瑛介は二秒間止まり、また彼女の唇を求めてきた。弥生は仕方なく叱った。「瑛介、何をしているの?触らないで」結局どう避けられても、瑛介は粘り強くキスしようとした。やりとりしているうちに、絡み合った手足の温度も一緒に上が
情熱が漂っていた空気が消え失せた。瑛介はしばらく彼女を正面から見ていた。しばらくして、彼は何かを思い出したように、黒い瞳に色気がかかった。彼は再び片手で彼女のあごをつまみ、指先で彼女の唇の腫れ上がっているところを軽く押さえながら、唇を曲げて言った。「結婚は偽装だが、君とやることは偽れないだろう?」弥生は自分が聞いた言葉が信じられなかった。「何を言っているの?」「違うか?」瑛介の指先は下に移動し、彼女の美しい首筋に沿って、最後に鎖骨に止まった。彼は喉を少し詰まらせ、声を低くしてまた下劣なことを言った。「昔、僕とやりたいと頼んだ時は、そうな風じゃなかったのにな」弥生は瞳をわずかに縮めこんだ。しばらくして、彼女はまた手を振り上げ、彼の顔を打った。瑛介は顔をまた少し傾けたが、数秒後に冷笑しながら言った。「何度も打つな、もちこ。俺が君を打たないと思ってるのか?」それを聞いて、弥生はまた彼に平手打ちをした。パッ!瑛介の顔が真っ青になった。しかし、目が赤くなり、怒りに満ちて自分を睨んでいる弥生を見ると、確かに彼女に手を出すことができなかった。彼は何かを思い出したように唇を曲げて言った。「いいんだ。今、どれだけ強く打たれても。後で倍返しさせるから」彼がまた無礼なことを言っていると思い、弥生は再び彼に平手打ちをしようとした。しかし今回はその手が瑛介に握られた。「本当に偉そうだな。僕を打つ時には容赦ないのに、弘次が打たれるとすぐに守ってあげるのか?はあ?」弥生は二、三回手を振り払おうとしたが、抜け出せなかった。瑛介が怒って彼女を抑えると、彼女が全然対抗してこないことに気づいた。そこで弥生は諦めて、目の前の瑛介を見ながら穏やかに言った。「あなたがこんな風になるのが本当に嫌いなの、知ってる?」それを聞いて、瑛介の顔は少し硬直し、その後皮肉に唇を曲げた。「じゃ、誰が好き?弘次か?」「そう!」彼女の確固たる声に瑛介は言葉を失なった。皮肉な様子も見えなくなった。数秒後、瑛介は顔を真っ青にして彼女に尋ねた。「もう一度言ってみろ?」そう言うと、弥生自身も黙り込んだ。そう簡単に認めてしまうとは思わなかった。しかし、自分たちはもともと離婚するつもりだったので、引き延ばすよりは早く決着をつける方
殴られたのに、自分のために親友と対立するかもしれないのに、逆に彼が謝ってくるとは、弥生は非常に罪悪感を覚えた。「そんなことない」弥生ははっきりと言った。「大丈夫なの。謝るなら私が謝るべき。あなたが殴られたことを」それを聞いて、弘次は声を低くして笑った。「大したことないよ。男が殴られるのは普通なんだから」「でも、今後あなたたちは.......」「大丈夫よ。親友だったから、しばらくは相手にされないかも、こっちが謝りに行くよ」ここまで聞いて、弥生はようやく安心した。「なら良かった」「で、うまく解決できた?」弥生はうなずいたが、電話をしていることに気づき、うなずいても弘次には見えないため、言葉で答えた。「うん、一応ね」「どうだった?」弥生は気分がうんざりしていた。先ほどの謝罪がすでに彼女の限界で、これ以上質問に答える気分じゃなかった。もし弘次が助けてくれていなかったら、すでに電話を切っていたかもしれない。しかし、弥生はできるだけ落ちついて答えた。「弘次、今は一人で静かに考えたいから、いい?」弘次はしばらく黙り込んでから言った。「分かった。一旦落ち着いて、何かあったら電話して」電話を切った後、弥生はベッドに丸く縮こまった。気分が悪いせいでお腹の具合があまり良くないようだ。弥生は手を伸ばして自分のお腹を軽く揉みながら、心の中で小声で言った。「赤ちゃん、いい子ね。離婚したら、一緒にここを離れるから。これから.......二人で生きていくよ」その後、弥生は横たわっていて、ぼんやりと眠ってしまった。どれくらい経ったか分からないが、彼女はぼんやりと目覚め、まだ元の姿を保ていることに気づいた。起きようとした時、弥生は枕がかすかに湿ったことに気づいた。彼女はその涙の跡を見つめながらぼんやりとしていた。そして自分の目じりを軽く触った。濡れていた。夢の中で泣いたのだろうか?しばらく座ってから、弥生は濡れた枕カバーを取り外し、タンスから新しいのを探して取り付け直した。そしてまたベッドに座ってぼんやりとしていた。眠っている間はまだいいが、目覚めると自分の心に大きな穴が開けているようで、とても苦しい。でも、何もできない。考えているうちに、外から足音が聞こえてきた。それを聞いて、弥生は緊張して体を